米こうじ君

ちゃんと味わう前に、食べ終わってない?

大豆ちゃん

噛むって、ただの作業じゃないの?

玄米を食べるようになってから、
自分の中でいちばん大きく変わったのは、

「何を食べるか」よりも、
**「どう食べているか」**でした。

意識して変えたというより、

玄米という食べものに、
自然とそうさせられた感覚に近いです。

【以前】
作る30分 → 食べる3分 → 終わり

【今】
作る → 噛む → 味わう → 食事の時間になる

👉 玄米との向き合い方についてはこちら


咀嚼回数が、自然と増えた

白米を食べていた頃、
正直に言うと

自分が何回噛んでいるかなんて、
考えたこともありませんでした。

流れるように食べて、
気づいたら終わっている。

それが当たり前でした。

でも玄米は違います。

発芽玄米や発酵玄米は、
固くて食べにくいわけではありません。

やわらかさもあり、
甘みもしっかりある。

それでも、

噛むほどに味が出てくる。

だから自然と、
もう一口、もう少し、と噛んでいる。

「噛まなきゃ」ではなく、
**「味わいたくて噛んでいる」**感覚でした。

食べる時間が、変わった

もうひとつ変わったのが、
食事にかける時間です。

以前は、

作るのに30分
食べるのに3分

そんな日も珍しくありませんでした。

でも玄米にしてからは、
このバランスが少しずつ変わっていきました。

急いで食べようとしても、
どこかもったいなく感じる。

噛むことで甘みが広がる
食感や香りに気づく

その時間を飛ばしてしまうのが、
惜しくなっていきました。

結果として、
食べる時間は自然と伸びました。

でもそれは、
遅くなったというより、

ちゃんと食事をしている時間に変わった
そんな感覚でした。

「胃に運ぶ」から「味わう」へ

振り返ってみると、
以前の食事は

空腹を満たすため
エネルギーを入れるため

そんな側面が強かったように思います。

もちろん、それも大切です。

でも玄米を食べるようになってからは、

噛むことで甘みを感じる
ゆっくり食べることで満足感が残る

食事の中に、
「味わう時間」が戻ってきました。

食べることが、
ただの通過点ではなく、

ひとつの時間として
残るようになった感覚です。

変わったのは、玄米だけじゃなかった

この変化は、
玄米を食べているときだけではありません。

ほかの食事でも、
少しゆっくり食べるようになりました。

急いで食べようとすると、
どこか違和感がある。

味わわずに終わらせることに、
自然とブレーキがかかる。

これは、

我慢でも、努力でもありません。

ただ、
一度知った感覚が
当たり前になっていっただけです。

噛むことは、特別なことじゃない

咀嚼回数を数えなくてもいい。
時間を測らなくてもいい。

玄米は、
噛むほどに味が出る。

だから結果として、
自然と噛むようになる。

この無理のなさが、
自分には合っていました。

次へつなぐ

次は、
なぜ発酵玄米に落ち着いたのかについて書こうと思います。

👉 発酵玄米に落ち着いた理由はこちら

味、体感、続けやすさ、
そして生活とのなじみ方。

「これが正解」ではなく、
**「これが自分に合っていた理由」**として、
正直に書いていきます。

ではでは 感謝感謝!!

ABOUT ME
ひゃくみつ
百歳まで楽しく生きることを目標にしています。 発酵食品は健康維持する目的のためで 50歳から毎日欠かさず作って食べています。 発酵食品ソムリエ 2022.4に取得 まだまだ挑戦中です。