毎日食べて実感する“日本人のごはん” ― 玄米を食べて、まず便が変わった話 ―
玄米って、身体にいいの?
そう聞かれたら、
多くの人が「いいらしい」と答えると思います。
でも――
美味しい?続けられる?
そこになると、少し迷いが出てくるのではないでしょうか。
そんな疑問、私自身もずっと持っていました。
正直に言うと、
玄米を食べ始めて最初に変わったのは
体調でも、健康診断の数値でもありません。
まず変わったのは、便でした。
実感というより、
「あ、これは事実だな」と分かる変化です。
そこから少しずつ、
気持ち、体調、腹持ち、
そして
「どうすれば美味しく食べられるのか」
「どうすれば無理なく続けられるのか」を
今でも考え、試し続けています。
この記事は、
玄米を“健康食品”として語るものではありません。
毎日食べる、日本人のごはんとして向き合ってきた記録です。

最初に変わったのは「便」だった
玄米を食べ始めて、
最初に変わったのは、体調ではありませんでした。
もっと日常的で、
でも確実に感じる変化です。
それまでどこか不安定だったものが、
気づけば自然と整ってきました。
毎朝、「今日はどうだろう」と
気にすることが少なくなっていったのです。
はっきりとした実感というより、
「あ、変わってきているな」と思える感覚。
そしてもうひとつ、
以前よりも“しっかりした感覚”があることにも気づきました。
少し言いにくい話ですが、
これは間違いなく、
玄米を食べ始めて最初に起きた変化でした。
玄米で変わったのは「体」より先に、食べ方だった
食事そのものは、嫌いではありませんでした。
むしろ、楽しんでいるつもりでした。
でも今振り返ると、
どこか“こなしているだけ”の時間だった気がします。
作るのに30分。
食べるのは、ほんの数分。
手間はかけているのに、
食べ始めた瞬間から、どこか急いでいる。
味わう前に、飲み込んでいる――
そんな感覚でした。
料理はしているのに、
食事をしていなかった。
玄米に変えてから、
この流れが、少しずつ止まりました。
玄米は、噛まないと進まない食事です。
急ごうとしても、体がそれを受けつけません。
自然と、一口の時間が長くなる。
噛んで、味わって、飲み込む。
その一連の流れを、ちゃんと感じるようになりました。
「胃に運ぶための食事」から、
味わうための食事へ。
ほんの小さな変化ですが、
食べる時間そのものが、
少しずつ変わり始めた気がしています。

なぜ、玄米だったのか
正直に言うと、
最初から玄米を選ぼうと思っていたわけではありません。
発酵に取り組み、豆乳やおから、雑穀米――
「体にいい」と言われるものは、ひと通り試してきました。
そのときは良くても、
気づけばやめてしまっている。
そんなことを、何度も繰り返していました。
続けられないのは、意思が弱いからだと思っていたのですが、
あるとき、ふと疑問が浮かびました。
毎日食べる“主食”が変わらないままで、いいのだろうか。
特別なものを足す前に、
いちばん基本のところが、そのままだったのです。
健康にいいものは、たくさんあります。
でも、それが“特別なもの”のままだと、長くは続きません。
続けるためには、
無理をしなくても日常にあること。
気づけば、そう思うようになっていました。
そこで初めて、
「日本人のごはん」に目を向けました。
派手さはないけれど、
昔から当たり前に食べられてきたもの。
毎日でも違和感がなく、
特別な努力をしなくても続けられるもの。
玄米は、
「体にいいから選んだ」というより、
「これなら、ちゃんと続けられそうだ」と思えた存在でした。
何かを足すのではなく、
いちばん基本に戻ること。
それが、私にとっての玄米でした。
その話は、次で詳しく書いていこうと思います。
ではでは 感謝感謝!!


